テンのめぐみ

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日本軍は強かった!日本は世界に冠たる国だ! 終戦記念日に送る  

 
 
  
2017.08.15 真相深入り虎の門ニュース 西村慎吾 百田尚樹
 
 
 
【平和を誓う 全国戦没者追悼式】 日本武道館   
  
共同通信、「不戦の堅持がゆらぐ中、これまでの4年アジア諸国への加害責任に言及してこなかった安倍総理大臣の式辞のないように注目が集まります。」について、
 
 
「不戦の堅持の揺らぐ中」
 
ゆらいでいません。日本は戦争をしようとしていない。
 
 
 
「これまでの4年アジア諸国への加害責任に言及してこなかった」
 
加害などしていないので、言う必要はない。日本は侵略戦争など全くしていない。
 
 
 
 
 
 
アジア諸国に軍隊は送ったけど戦ってはいない。日本が戦ったのは占領していたアメリカ軍(フィリピン)、オランダ軍(インドネシア)、フランス軍(ベトナムカンボジア)、イギリス軍(マレーシア、シンガポール)と戦った。
 
このためにアジア諸国は独立した。
 
 
 
 
 
このアジア諸国の軍人や政治家が独立したことに対して、どれだけ日本に感謝してるか。毛沢東周恩来まで感謝してた。
 
 
 
 
 
 
誇りを持って振り返るべき8月15日です。
 
「日本の終戦は人類の破却から守ること。」と昭和天皇は言われた。
 
 
 
 
 
マッカーサーは日本人が強すぎたので飛行機のB17のタラップを降りる時に恐怖でおしっこを漏らしていた。(写真は修整)70000人の兵隊を見捨てて逃げた将軍です。
 
とてつもなく強い日本軍を解体するために憲法東京裁判靖国神社の消滅もやろうとした。
 
 
 
 
B17はヨーロッパ戦線で撃墜されたことがないのに、日本軍にいとも簡単に壊滅させられた。
 
 
マッカーサーは東洋人は劣等だから戦闘機の操縦などできないだろうと踏んでいた。真珠湾が攻撃されたのはドイツ人が雇われてやっていたのだと思っていた。
 
マッカーサーは戦後フィリピンにいたのですが、クラーク基地の戦闘機がO戦などに完璧に破壊されたのですが、近くの空母から飛んだと思っていた。実は台湾から飛んで行ったのです。
当時、台湾からフィリピンを往復できる戦闘機があるという事は知られていなかった。これができたのは日本だけ。
 
 
 
 
硫黄島の戦いを知っている人は日本人を怖がっている。
機関銃で日本人を撃ってたら、日本人将校が刀を抜いて飛び込んできた。将校が彼を見た時に殺されると思った。将校は彼を見向きもせずに機関銃に刀を振り込んで機関銃をまっぷたつに切った。
そして、彼の顔を満足そうに見たので、恐怖にかられて何発も機関銃を連射して殺した。
 
 
 
 
 
これだけ日本人は強いので、中枢を破壊しようとした。憲法9条も、東京裁判も、全て日本軍の武力を破壊するため。この呪縛を恒久平和のためだと称して。
72年経ってもマッカーサーの罠にはまっている。
 
 
アメリカ人はあんがい狡猾。シナ人もズルいけどアメリカ人もズルい。
 
 
 
 
 
 
硫黄島で戦ってくれた2万あまりの将兵たちは最初から生きて帰れないことを知っていた。1日でも長く戦い続けようとしていた。占領されないように。
1日延びると日本人が助かるから。空襲されるのを遅らせることができるので、疎開ができるから。
 
 
 
 
サイパンからB29で飛んでいたのですが、日本の防衛隊も必死になってB29を落としに行きました。
しかし、B29には護衛戦闘機がつけられない。
 
硫黄島を占領するとそこに戦闘機の基地を作れるので、そこからB29を護衛できるので日本への空襲が激化する。
 
このために、日本への空襲を1日でも遅らせるために2万人が頑張った。
 
硫黄島は火山島。塹壕を掘るのですが50℃から60℃になる。しかも、水もない。その中で艦砲射撃で山の形が変わったくらい撃ち込まれるのですが、そこで日本軍は戦いました。
 
 
 
 
水蜂山のてっぺんに日章旗を立てると星条旗(2月23日)に立て替えられたので、すぐまた日章旗に立て替えていた。命懸けである。これを見てアメリカ軍はビックリしていました。
星条旗は2回奪われている。
 
 
 
 
1日硫黄島を持ちこたえれば東京空襲が1日延びる。だから学童疎開ができる。一人でも多くの学童を疎開させたい、と兵隊は思っていた。
 
 
 
実際のところ東京大空襲は何回も行われました。初日の3月10日にはすごくやられたのですが、その後の空襲では面積あたりに落とした焼夷弾に対して死傷者がすごく少ない。これは硫黄島で頑張ったからです。
 
 
 
 
2万人が戦ってくれたおかげでどれだけの東京都民が助かったか。
 
 
 
 
その当時硫黄島には日本軍の飛行機もない、銃器もない、食料もない、その中で陣地防衛する大きなものもない、相手は戦艦とかで撃ちまくる、飛行機もボコボコに撃つ、上陸して銃器いっぱい持っているし機関銃持っているしで勝ち目はないのですが、日本人2万人はほぼ玉砕したのですが、アメリカ人の戦死者は2万人を上回っていた。
 
 
 
 
だから、どれだけ命懸けで戦い抜いたか!
 
 
死ぬのがわかっていて戦うのは強いので怖い。これは日本の伝統です。その時日本人がほほ笑むのも伝統です。
 
 
 
 
 
 
 
蒙古が攻めてきて戦った時、蒙古は日本人が怖くて戦い終わると船に戻った。陸で寝ると夜襲されるのでできなかった。そこに嵐が来てやられた。
 
対馬の宗助国という人と84人の武士対1万人以上の蒙古軍が戦った。
 
日本人は微笑みながら突入してきた。
 
敵の大将キントは「俺はいろいろな国と戦ってきたが、これほど恐ろしい敵と戦ったのは初めてだ。」と言った。
 
 
 
 
 
 
弘安の役では、軍艦で寝ているところに小舟で行って殺した。日本人の勇敢さが勝利に導いた。
 
 
 
 
 
 
インドネシアの伝説に、「いづれ黄色い姿をした神が空から降りてきてオランダ人をやっつける。」というのがあった。
 
 
 
 
パレンバンインドネシア)の落下傘部隊はまさにインドネシアから言ったらその伝説の神である。
 
インドネシアは200年間オランダに支配されていた。その間全て搾取されて何もない。
 
 
 
 
 
 
 
憲法9条2項を残して3項を書き加えれば、自衛隊は災害救助しかできなくなる。交戦権を否定してどうして国家を守ることができるんですか!
 
憲法は無効だと総理大臣が決断することだ!改正では間に合わない。超法規的措置をしなくてはいけない日が来るので総理大臣は腹に決めておくべき。
 
 
 
 
 
憲法9条
 
1.日本国民は侵略戦争は永久に放棄する。
 
2.日本国民は他国からの侵略を受けた場合、徹底してこれと戦う。
 
 
憲法不文憲法が理想。イギリスのように。常識で判断すればいい。
 
日本はハーグ条約の1千年前にすでにルールを決めていた。一般人は殺さなかった。
 
 
 
 
 
 
日本人と他国とでは戦闘思想が違う。
 
ヨーロッパ、中国は敵を殲滅させるための思想。
 
日本は「誠」、天皇のもとで和を作り出すための戦争。戦に負けたものとの融和がすぐにできる。
 
 
 
 
 
日本は世界に冠たる国で、日本という国の存在自体が世界で唯一の文明の証です。
 
 
 
 
 
日本は大東亜戦争をなぜ戦ったかというと、石油がほしかった。夏にアメリカに全石油をストップされた。昭和17年には飛行機も飛ばない状態だった。
 
石油がほしいのでインドネシアの油田をとりたかったのだが、オランダが支配していた。
 
オランダ軍は石油施設を破壊しようとしていたので、奇襲でとらなければいけなかったのですが、オランダが破壊しようとしたのを破壊させなかったのは油田で働いていたインドネシア人でした。
 
 
 
 
【日本人が世界の中でどう位置づけられる民族であるか!】(残虐性などこれっぽっちもない。)
 
 
 
インドネシアでは1945年に戦争が終わってからも日本軍の中の1000人以上の軍人が残って、インドネシア義勇軍と共に独立をかけてオランダ軍と戦った。彼らは将校で部隊を指揮できる人たちでした。
 
インドネシアのカリバタ英雄墓地では鉄兜が並んだ墓標の中に日本人の名前がある。
 
 
 
戦争が終わった後、日本軍を蹴散らしたから再びオランダ軍が支配しにやってきた。そのようなことはさせないと、インドネシアがオランダ軍と戦った時に日本軍は私も一緒に戦うと言い、1000人くらい死にました。
 
 
 
生き残っている人にジャカルタで会いました。サトルヤイシイという将校。
 
スカルト大統領は日本人が作った独立青年義勇兵ペタの出身です。43歳で9.30事件の動乱を乗り切って大統領になった時に、沼津のペタの教官の土屋氏に電話して「教官殿、大統領になりました。」と報告した。
 
 
 
 
 
インドネシアの目を覚まさせたのは日本人たちです。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
マレーシアの元外務大臣は語ってます。
 
永久に体の大きなイギリス人には勝てないと思っていたが、当時難攻不落と言われたシンガポールの大要塞を日本人がわずか数日で落とした。イギリス人は必死で逃げていきました。
 
それを知って、まるで神の軍隊がやってきたと思った。
 
 
 
マレーシアの人たちやシンガポールの人たちはどれほど勇気を与えられたか。自分たちでもできるんだと。
 
 
 
山下法務司令官のマレー半島を南下してシンガポールに至る速度は50日で1000km。しかもジャングルの中。
 
 
 
駆逐艦イカズチの工藤艦長が今もご存命で(94歳)、艦長が敵兵を助けたという映画が上映され、本も書かれて称えられたたのですが、
 
「なぜ敵兵を助けた奴がそれまで褒められるのだ!俺の戦友は敵を殺すために任務を遂行して亡くなっていったんだ。任務を遂行したやつをまずほめてくれ!」と怒って泣かれた。
(マトウセキの戦い)
 
 
 
ロシアではいまだに語りつがれている。(陸の特攻)
 
工藤さんは93歳でシベリヤに遺骨収集に行かれた時に、「マトウセキの英雄が来ている」と向こうの新聞に報道された。
 
880名の陸軍及び士官学校の生徒が700名亡くなって、生き残った中の1人です。荒木まさのりさん。
 
 
 
 
 
英雄をたたえなければいけません。
 
 
 
 
 
西村眞悟 おすすめ書籍
「なぜ、大東亜戦争が起きたのか?空の神兵と呼ばれた男たち」 高山正之・奥本實 共著  ハート出版
 
 
 
 
タイのククリットプラモード「母という日本は難産の末に多くの子供を産み落とした。8月15日はその日である。私たちを産み落とした母が母体を損ねた日である。しかし、生まれた子供はすくすくと育っている。」
 
しかし、日本人だけが、間違った贖罪意識をもって、未だにアジアに対して侵略を行ったと言う人たちがいるのでとんでもないことです。
 
太平洋戦争という名でサイパン、グアム、硫黄島で玉砕が続きコテンパンにやられたと思われているが。大東亜戦争という呼称で戦闘範囲を見れば大アジアなのです。
 
 
 
アメリカ軍の将兵が言っていることですが、
 
「そこに800万の精神的にも肉体的にも強靭な日本兵が一斉に武器を置いて、日本に帰り始めるという歴史上あり得ないという降伏が起こった。これは天皇ヒロヒトの存在だ」、と評価していることを忘れてはいけない。
 
 
日本が戦ったのはアジアではなく欧米諸国です。諸国を蹴散らして最強の軍隊は日本軍だった。だから日本軍がいる限りは、イギリスもフランスもオランダも戻ってこれなかった。
だから、諸国から見れば今の憲法9条は必要だった。(交戦権を認めない)
 
 
玉音放送天皇は、自衛以外の戦闘行動を即時中止するように命令されたので、武器を置いた。インドネシア毛沢東蒋介石などから見れば負けてない軍隊が武器を置くのを見て、歴史上あり得ない降伏だと思った。昭和天皇の偉大さを見直さなければいけません。
 
 
 
なぜ、今上天皇は歩いて10分の靖国神社に行かれないのか!
 
天皇陛下靖国神社に参拝されたら、日本人の意識が変わります。そして中国が非常に恐れます。
 
 
 
中国も朝鮮も怖いやつ相手には文句を言わない。文句を言って受け入れるから文句を言うのです。謝ったら高飛車に来るやつらです。
 
 
 
 
 
「戦争はない、軍隊はいらない」を唱えていたら平和が保たれるというのは、違います。
ポエニ戦争の時にローマとカルタゴが戦いましたが、カルタゴは降伏しました。降伏の条件としてローマがカルタゴに突き付けたのは、武装解除をすること。カルタゴはそれを飲んだらローマはカルタゴを絶滅させ、街は燃やし尽くし、塩をまいて2度と住めないようにしました。男は皆殺し、女、子供は全員奴隷にしました。
 
 
 
 
 
 
 
 
「平和を望むならば、戦いに備えよ。」これはローマの格言です。